YAMA_blog

愛知産業大学通信教育部 山口雅英のブログ

迷い

2008.06.27

唯一の、明快な答えがあるわけではない絵画の世界。今正に自分が制作している作品に、「正解」の強い実感、手応えを感じながら取り組める、というのはそうそうあることではない。迷いの連続である。「迷い」というのは、基本、辛いことではあるが、考えてみれば、人間が自由な存在だから「迷い」も生じるわけで。人間として明るく元気に前向きに創造的に生きていこうとすることは、つまり明るく元気に前向きに創造的に「迷い」と付き合っていこうということ。そう考えると「迷い」とつきあっていくのもなかなか良いものである。

きっと世界のどこかに「正解」があるはず、それを手に入れれば私はこの迷いから解放される。そんな気持ちになることもある。しかし、どこかに正解があるという気持ちは、裏を返せば今私のところに正解はないのだ、私の目の前のものは正解ではないのだ、と感じていることであり、つまりは眼の前の現実をしっかり視よう、聴こう、感じよう、とする気持ちが薄らいでしまうことがある。作品制作にとって一番まずいことだと思う。

絵画制作で大切なのは、正に自分の中から出てきた造形を、しっかりと見据え、しっかりと感じること。今、此処で、私に起こっているこの現実を受け入れる開かれた心から全てが生まれ、育まれていくもの。それが作品である。どこにも正解は記されていない。あなたが描くべき作品についてのレシピなどどこにもない。「迷い」はついて回るのである。私は思う。「迷い」がついて回ってくるような事柄に携わっていることを誇りに思うべきである。単なる余暇の過ごし方ではない、人間が成長する場としての絵画制作。

この記事のカテゴリー:雑稿

絵画制作における即興性7

2008.06.20

何気なく歌を歌う。別に特別な想いがあって歌い始めたわけではないのに、歌っているうちに某かの心境になってくる。想いが生じてくる。そんな経験は誰でもあるのではないだろうか。歌には音楽にはそういう力があるのである。

ある視方をすれば音は音楽を作るための「材料」に過ぎない。楽器は音楽を作るための「道具」に過ぎない。人間の、「こんな音楽を作りたい」という想いを実現するための手段に過ぎない、と。間違いではない。しかし別の視方をすれば、音そのものが、楽器そのものが人間の精神に働きかける力を持っている。人間はそれに触発されながら、その助けをかりながら音楽を作っている。単なる手段ではなく、創作のパートナーと言える。

絵画においても同じである。カタチや色、構成はそれ自体が表現力を持っている。その表現力を十全に自身の表現に活かせる力。造形が、そういうものであると感じる力、信じる力。 信じることは容易いことではない。視ること、現すこと、その経験を多く積むなかで育まれるもの。

この記事のカテゴリー:絵画, 絵画制作における即興性

絵画制作における即興性6

2008.06.20

音楽においては聴くことが、絵画においては視ることから全てが始まる。聴き、視て、心に響かせることによって「想い」が生じる。このことは作品を構想する段階のみならず、作品制作のあらゆる段階で起こるべきこと。想いがカタチになり、そのカタチに触発されさらなる想いが生まれる…。まさに何かが生まれる現場としての作品制作。

極論を言うなら、「こんな作品を作りたい」という構想など持たなくても作品を作り上げることができる。何気なくスタートしたとしても、「視る、視て触発される心」さえあれば制作していく中で想いは育まれ、その想いによって作品は作られていく、そんな制作は可能なのである。

絵画制作においてあらかじめ、作品の構想、イメージ、意図などなくても良い、ということを言おうとしているのではない。むしろ、私はどんな作品が良くないかと問われれば「闇雲で、行き当たりばったりで描かれた、想いも意志も希薄な作品」と答える。

しかし作品の完成までの全てを構想しきって制作に臨むことなど不可能である。あらかじめ構想した通り、設計図通り制作する工業製品の製作とは訳が違う。あらかじめ作品についての構想をしっかり持っていようが、なかろうが、作家は制作プロセスの中で常に作品についての構想、作品についてのイメージを更新しているのである。当然、当初の予定とは変わってくることも往々にしてある。いい加減と言えばいい加減、曖昧と言えば曖昧。しかしそれが機械ならぬ人間がやっていることの証。置かれた状況の中で様々な刺激を受けながらいろいろに感じ考えている人間の営みであることの証。制作のあらゆるプロセスにおいて、常に「イメージの新陳代謝」が行われていると言ってもよいであろう。考えてみれば人生は正にそうで、生まれた時に決めた通り、決められた通り、死ぬ迄生きる人などいない。常によりより方向を目指し、自らの人生についてのイメージを更新していく。人生の在り様の縮図としての絵画制作。

この記事のカテゴリー:絵画, 絵画制作における即興性

 
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