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愛知産業大学通信教育部 山口雅英のブログ

カテゴリー : カタチで対話する の記事

カタチで対話する3

「今手元にある作品に何をしても良いから『自分』の作品と呼べるものに仕上げること」これが最後の受講生に与えた課題である。こんな調子ですすめてきた講座であるから、受講生は終盤になってから突然自分の作品の制作を求められるとは思ってもいなかっただろう。通常スタートにするはずのことをあえて最後に持ってきた。それにも理由がある。ここまでの演習を通じて想いを造形化することに多少なりとも慣れ、考え方が判ってきたタイミングである。また受講生は当然のことながら「自分の作品を作っていない」と思っている、それを口にする受講生もいた。これは裏を返せば「自分の作品」への意識の高まりであり、欲求の深まりと言ってもよいだろう。これこそ自分の作品に臨むべきタイミングなのである。心の準備がなにもない状態からのスタートすることに比べれば、作品に取り組む主体性、能動性は格段に違うと、私は確信している。
他人の手による造形を土台に自分の作品を作る。違和感を覚える人も少なくないであろう。文化ということを考えてほしい。私たちは、見知らぬ先人達や赤の他人である異国の人々によって築かれた文化を土台とし、材料として自分たちのそして、自分自身の文化を築いている。美術も文化的な活動のひとつであり、同じようにして発展している。そこにあるのは1時間そこそこで作られたたった1枚の作品であるが、それは複数の人間によって築かれた、れっきとした文化の縮図だと思う。そこから何を残し何を残さないか、どのように変化させるか。そうした一連の判断もれっきとした個性の発揮、自己表現である。個性、独創性を誤解し、自分の内にのみしか眼を向けていないことに比べれば、人間の在り方として何倍も自然で健康的である。孤独の内に黙々と作品に没入するタイプの作家であっても必ずどこかで外の世界を呼吸しているものである。
表現活動を人間や社会の在り方の類推から考えてみる。私はこの考え方を大切にしている。表現活動は社会や人生の縮図であり、そこで生きていることのできる人ならば誰でも、表現活動の中で活き活きとできる可能性があるのだ。美術は確かに日常生活からかけ離れたものかもしれないが、日常と分離しているわけではない。どちらも同じ人間の営みとしての根を共有しているはずである。
私は、作品制作の悦びとは、単に物としての作品を作り上げることにとどまらず、制作そして作品を通じて、自分と何かの間に深い絆を感じていくことの悦びだと考えている。作品を作る中で深まる何かとの絆。こんなことは普段あまり意識されていないと思う。だからこそこの講座でそうした場面をはっきりとしたカタチで用意したのである。三人目の受講生まではまだどこに向かうともわからないまま、眼の前の発言に対応していた。しかし、最後の受講生は違う。自分の表現、つまり自分の想いにカタチを与えるという方向性をもって、対話に臨まなければならない。他人の行った対話を引き受け、自分の結論に導いていくより複雑な対話が必要となる。
2時間はあっという間である。個々の受講生が自分の表現として納得できる作品に到ったかどうかはわからないが作品の完成、未完成はこの講座ではほとんど問題ではない。この講座の目的は、作品を作らせ品評会をすることではなく、例えるなら作品という花を生み出す土壌をみんなで耕そうというところにある。本学の授業でこんな講座をそのまま実践できる機会はないが、ご紹介させていただいた私の考え方、想いを、どこか念頭にご自身の制作に臨んでいただければ幸いである。
おわり。

カタチで対話する2

人の話を聴く、と言えば造形分野では鑑賞がこれにあたる。作品を単なる物に過ぎないと捉えれば対話の相手にならない。物ではあるが発言である。その背景には作者の意図や考え方、感じ方があり、それが色彩や形態、質感や構図に託されている。立派な発言である。さすがに作者の心情までイメージするにはいろいろ経験を積むしかないが、色彩や形態や質感のデリケートな違いを見極め、そこから何らかの意味合いやムードを感じる心は誰もが持っている。その力があれば対話は可能だ。「何となく」ではなくしっかりとした「想い」をもって造形に臨む。そんな経験の場としての「カタチとの対話」。
こんな意図で企画した講座内容、具体的には次のように進めていった。まずはじめに受講者は色紙の中から任意に選んだ一つの色彩を任意の形態に切り抜き用紙に貼る。先のも述べたように漠然としたものが形になっていく過程を味わってもらうため、また予め決めた構想にしばらず柔軟な思考や感性で臨んでもらうため、「あまり考えず、直感で単純に」と伝えた。受講者はなんとなく浮かんできたカタチを配した。そして今度はそれを別の受講者と交換する。対話のはじまりである。
次の受講者が最初の受講者によって貼られた造形に自分の考えた造形を付け加えていく。単に感覚的に色や形態を決めるのではなく、その内容を踏まえ自分のスタンスをはっきりさせ応答しなければならない。
ここでみなさんには日常の普通の会話を思い出してほしい。誰かの発言に対して、受け答えるとしたら、大枠では「同調する」「反対する」「別の話題に発展させる」のいずれかのスタンスになるのではないだろうか。こうした考え方は他の表現分野にもある。音楽では、和音の役割分担(トニック、ドミナント、サブドミナント。興味があったら調べてみてほしい)を踏まえ曲の流れを構成するという考え方があり、実は今回の講座での指導内容もそこからヒントを得ている。これはみなさんご存知の「起承転結」という考え方にも通ずるものである。
最初の造形から感じるイメージの要因を探る。形態は直線的であるのか曲線的であるのか、有機的か、無機的か、静的か動的か。色彩はどんな色相、トーンによってイメージを醸し出しているのか。そうしたことが意識され、前述の自身の発言のスタンスがきまれば、これから付け加えていくべき造形の大筋のイメージ、つまり造形への「想い」できる。単純なことに聴こえるかも知れない。考え方こそ単純であるが、そこで発揮されるのは人それぞれの感じ方、考え方という複雑なもの。勿論正解はひとつになどならない。それぞれが自分の答えを探る。表現においては複雑なものを単純に考えたり単純なものを複雑に考えたりのバランスが大切なのである。
さてこのようにして二人の手が加えられた造形を受け、三人目の受講生が次の造形を加えることになる。実際の人間関係でいうなら、同調しあってる、あるいは反発しあってる二人の関係の中に自分はどう関わっていくか、という判断をすることになる。多少複雑さはましているが、先ほどの日常会話からの類推の延長である。これを繰り返し、作品は三人の手を経て最後の受講生に渡る。
つづく。

カタチで対話する1

知人からの依頼である華道団体の青年部が主催する造形講座の講師をする機会があった。造形性が重視される現代的自由花に取り組むため、造形の基礎を学びたいという目的で企画されたものである。この依頼を受ける以前から私には実践してみたい演習のひとつのアイデアがあった。「カタチで対話する」そんな内容の演習。具体的な内容は追って述べるとして、まずその背景にある私の考え、想いについて書いてみる。
知識や技術だけでは作品はできない。作品を制作するにはそれらを取りまとめる、例えるならオーケストラの指揮者のような存在が必要である。その指揮者とは作者の「想い」。想いがなければ作品は生まれない。しかし肝心な想いは、始めから明確に抱かれているわけではない。「思ったように描きなさい」と言われ、いきなり自由にのびのび描けるわけではない。四六時中作品の構想を考えているような人ではない限り、すぐに造形化できるようなはっきりとした想いがあるわけではない。かといって全く何もないわけでもなく、誰の心にも漠然としているかも知れないが想いの種のようなものはある。問題はそれをいかに刺激していくか。
造形講座であるから、造形として表現する方向で想いをはっきりさせていかなければならない。同じ想いでも、言葉にして発言する想いとははっきりさせ方が異なってくる。「この色、この形をこんなふうに置きたい」という意識、意志としてはっきりさせていく。創造性を発揮させる上で対話の重要性は広く知られるところだが、造形に託す想いはやはり造形の対話の中で培うのが有効だと考えた。
創造とは決して何もないところから始まるものではない。世界や心の中にある様々な材料、素材を取捨選択し加工し組み立て未知の事物を作り出すことである。脳がそのように活性化するには、刺激してくれるものと、大枠での方向性が必要となる。それを与えてくれるものが対話である。
判っているつもりのことが人に説明しようとするとうまく言葉にできなかった、という経験は誰にでもあるだろう。言葉にするため自分の想いを掘り起こし、どう表現したら相手に理解してもらえるかも考えながら整理し方向性を打ち出さなければならない。相手に理解してもらえるにするということは、先ず自分自身に理解してもらおうということである。そう思うだけでも脳はすごい勢いで働きだす。また言葉というカタチで外に出してみるとそれがまた自分を刺激するという効果も見逃せない。
ここまでなら独り言でも済む話である。みなさんが課題作品に取り組む時は、おそらくこんな独り言のような状態ではないだろうか。しかし独り言では自分を刺激するのにも限界がある。そこで必要なのが外からの刺激。自分とは異なる考え方、感じ方に触れる「対話」はもってこいだ。他人の意見が参考になるということにとどまらず、対話という相互作用、相互触発によって新しい想いや着想へと発展していくのだ。
つづく。

 
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