色面構成作品の講評抜粋「水戸黄門」的配色の考え方
2009.08.05
この作品に使用されている色彩、大きくは三つのグループに分かれます。単純に言えば明るい色彩と暗い色彩、そして鮮やかな色彩。やや遠くから眼を細めてみるとわかるのですが、明るい色彩のグループと暗いグループのグループ感の明度差がとても大きいです。それに対し、それぞれのグループ内の明度差は小さいです。つまり明るいグループの中なの灰色、黄色、水色
はほとんど同じような明度、茶色と緑も同じような明度。勿論差がまったくないわけではないのですが、全体の明るいグループと暗いグループの作りだす強いコントラストの中では小さな差はほとんど目立たなくなります。明るさが二極化すればゴツゴツとしたダイナミックな印象になり、明るさの差が小さければ穏やかな印象の作品になります。それはそれでそれぞれの方向性ですからどちらでもよいのですが、前者の、明度差の大きな配色においても、明度のキャラクターが被ってしまわないような配慮が必要です。先にグループ内の明度差がほとんどない、というのは言い方を変えれば「キャラが被っている」ということです。意図的に二極化した印象を目指す作品にあってもデリケートなキャラの操作、演出は必要です。例えば、善と悪しか登場しないようなお話はまったく味気ない者です。勧善懲悪の典型のようなテレビドラマ「水戸黄門」においても善の中、悪の中にそれぞれ様々なキャラクターを設定し、単調にならず、味わいがふかくなるよう工夫がされているわけです。もう一つ水戸黄門でいうなら、善の人々のグループのほうにキャラクターにバリエーションを持たせているというのも特徴的です。悪にも、善にもキャラクターが盛りだくさんでは、ドラマのポイントがぼけてしまいます。配色においても似たようなことが言えます。この課題でいうなら6色をどう使うか、という位置づけの問題。提出された作品では「明るいグループ3、暗いグループ2、鮮やかなグループ1」という割合になっています。それはそれで良いと思いますが、その割に暗いグループの存在感が強すぎます。基本的にはバリエーションを多く持たせたものの面積を広くする方が自然です(敢えてその原理を逆手にとる方法もありますが)。それと繰り返しますが、グループ内の明度のキャラクターに違いを今よりもう少し差をつけてみると良いでしょう。
鮮やかな色はグループというよりもオレンジ一色ですが、画面の端から端まで等間隔で散らすのは、画面の印象を散漫にします。アクセント、主役となる色彩はドラマでいうなら「クライマックス」です。ここぞ一発で使うものです。特に色面構成のような一瞬で全体像が視得る造形作品においては、なおさらです。あちらにもこちらにもクライマックスのようなものが散在していると、ここぞ一発の効果が薄くなってしまいます。