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愛知産業大学通信教育部 山口雅英のブログ

カテゴリー : 関係を制する の記事

「関係」を制する者が表現を制する 3

さて、その次は何に配慮したら良いと思うでしょうか。エキストラを忘れてはいけません。見る側からするとエキストラの存在というのは、ストーリーにも関係なく、ほとんど気にならないものかと思います。しかしいてもいなくても良いかというと、いなければ不自然です。ただいれば良いのかというとそうでもなく、やはりそれなりにその場の雰囲気を作る重要な要素でもあります。

エキストラをおざなりにするようでは良い作品にはなりません。

かと言ってエキストラが必要以上の存在感や自己主張を持ってもいけません。「ニュートラル」な存在。色彩に例えるなら(いろいろと例えることはできますが)グレイッシュな色をイメージしてみてください。グレイッシュな色彩はそれ自体強く主張することはありませんが、作品の表情に大きな影響を与えます。例えば赤と緑2色のみの構成はとてもキツい印象となりますが、中間に灰色を入れてやると対立感が弱まり、穏やかさが加わってきます。この灰色の量、また灰色の明度、またデリケートな色みの違いを工夫することで、赤と緑は同じでも、全く印象の異なる表情を演出できます。

話を整理してみましょう。「関係」を操作する。関係には、「対立する関係」と「同調する関係」そして「ニュートラル」と、概ね3つの関係があります。自分が今やろうとしていることは作品の主張に対してどの関係として位置づけられることなのか、それを意識することはとても大切です。またそれらの分量や組み合わせによる目立ち具合をコントーロールすることで、視る者の気持ちを自分の意図に誘導する。

表現の要は「関係」。関係を制する者が表現を制する、大袈裟な言い方にも思いますが、あながち間違いではありません。先にも述べたように人間を「対象」そのものについて判断しているようでいながら、実は「関係の中での対象」というものに注目しているということを常に意識してください。

ここでは主に色彩について述べましたが、色彩に限らず、カタチ、質感といったものは個性を持っています。その太さが、鋭角さが、その滑らかさが、その大きさが、その小ささが、その傾きが具合が…等々すべてがその造形のキャラクターなのです。キャラクター同士がどのような関係の中でどのような役割を演じるか、それをしっかりと意識して表現に臨んでください。

「関係」を制する者が表現を制する 2

先に例を挙げた「スイカに塩」「マッチ売りの少女」は、反対の性質のもの添えることで主張を明確にする方法ですが、それ以外の関係の在り方につても考えてみましょう。

「水戸黄門」という時代劇ドラマ、みなさんも一度はご覧になったことがあるかと思います。この中には表現における様々な関係の在り方を見ることができます。

まず、先にも述べた反対の性質のものの関係、これは正義の水戸黄門と悪事を働く悪代官の対立関係です。これがストーリーの基軸となります。しかしただ善が悪を退治した、だけでは面白くもなんともありません。味わい深く膨らませてこそ魅力ある番組となっていきます。

「善」は水戸黄門一人ではありません。助さん、格さんをはじめ、うっかり八兵衛、かげろうのお銀といった脇役が配され、硬さ、柔らかさ、強さ、人情、ユーモアといった様々な要素を含んだ表情豊かな「善」になっています。これによってストーリーにも緊張と緩和がもたらされることになります。「悪」も、一人だけということはまずありません。代表的なのが悪代官と悪徳商人のような関係。同じ悪でもキャラクターの違いが味わいになってきます。しかし、善側ほどには多様な関係はありません、あくまで主役である善側を豊かに見せます。

「水戸黄門」について述べてきたことを、配色に例えてみましょう。例えば赤と緑の補色対比を作品の基軸とする。勿論これだけでもシンプルで力強い表現になる可能性はありますが、ここではもう少し味わい深いものになる工夫をしてみましょう。まずどちらを主役にするかを決めること大切です。主従関係。同量でのぶつかり合いもいけないわけではありませんが、基本的には主従関係を決め、量に差をつける、トーンに差を付けるなど工夫して視る者に感じさせる存在感に差をつけることで、主題が明快になってきます。

仮に赤を主、緑を従として話を進めます。脇役の配置を決めます。赤の表情を豊かに見せるためには、赤の仲間を添えてやることです。朱や紅、赤紫といった赤の仲間の色相、あるいはピンクや茶色といった赤のトーンのバリエーションを用意するといった方法が考えられます。いわば「同調する関係」です。勿論、トーンと同時に色相も変化させるということも積極的にしてみましょう。様々な可能性を試し実際に自分で味わいながら取捨選択していくことは大切です。従である緑も同様に近い色彩を添えますが、主の赤系ほどには変化を多くしないことです。また赤系、緑系それぞれの中での面積比にも気を使ってください。助さんが水戸黄門よりも目立っては行けません。悪側も同様、一番の黒幕はひとつです。

「関係」を制する者が表現を制する 1

愛知産業大学通信教育部の定期刊行物「PAL」の「研究室からこんにちは」に投稿した原稿。

新入生の皆さんが初めて読むパル「研究室からこんにちは」となります。はじめまして絵画コース担当の山口です。建築、デザイン、絵画、工芸とそれぞれ専門とする分野は異なりますが、皆さんはこれから本学で造形で何かを表現する、造形を通じて何かを伝える、そういう作品制作に取り組むことになります。ここではそうした世界の入り口に立たれた皆さんに、入学のお祝いの贈り物として、本学での作品制作していく上で、タイトル通り「表現を制する」ためのアドバイスをさせていただこうと思います。キーワードは「関係」。

こんな実験があったそうです。一面真っ赤に塗られた部屋、つまり赤以外の刺激の全くない部屋に入る。最初のうちは非常に強い刺激として感じていた赤が、時間の経過とともにだんだんと感じられなくなってくるというもの。みなさんも眼をつぶって夕日に顔を向けてみてください。最初こそかなり強い赤みを感じますが、徐々に色みが失せ灰色っぽい色に見えてくるようになります。

さて、真っ赤な部屋の話に戻ります。時間の経過とともに赤さが感じられなくなったころ、その部屋に何か別の色、例えば緑のものを入れる、するとその緑が視野に入った瞬間、被実験者の視覚には再び強烈な赤が甦ってくるのだそうです。

この実験からわかること。それはある刺激を感じる上で別の刺激の果たす役割の重要性です。これは視覚に限った話ではありません。例えばスイカに塩。これは決して「塩味もどうぞ」ということではありません。塩の役目はあくまでスイカの甘みを引き立てることです。例えば「マッチ売りの少女」。マッチ売りの少女の不遇さは、クリスマスを暖かく幸せに過ごす街の人々との対比の内に、より協調されます。

人間は、本人が意識しているかどうかに関わらず、必ず何かとの対比の中で物事を感じたり、判断したりしているものです。同時にそこにある物事、また過去に経験した物事も対比の材料となります。これは人間の本能、生理と言えるものであり、これをうまく利用することが表現活動を成功させる秘訣です。絵画であるなら「何か」を描いて満足するのではなく、「どんな関係」の中でそれを提示するかというところまで構想して制作に臨むことで「良い作品」を制作することができるのです。

 
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