独学で作曲をやってる。 作曲、と言ってもきちんとした譜面を作って作曲しているわけではない。即興的にリズム、メロディーを重ねて展開していく。作曲も即興も音楽が生まれる場という意味では同じである。 頭の中で曲が浮かぶということは即興であり、それを譜面に写すことが作曲となる。録音機もない、記録媒体が十分でな時代は譜面が唯一の記録媒体、頭に浮かんだ音楽を譜面に記すことが作曲と呼ばれる行為。しかし現代のテクノロジーの発達はすごい。頭に浮かんだ曲をその場で奏でれば演奏を録音できてしまう。いくつかの楽器を重ねていくことの可能、ついでに自動的に譜面も作ってくれる。そういう状況では即興と作曲の境界は極めて曖昧である。私がコンピュータで音楽をする、というのは既にどこかでできあがった譜面を音にするためではなく、正に今ここで生まれてくる音楽に出会うためである。楽器をならったこともない、音楽の知識もない、そんな私が音楽制作をこれほど身近にできるなんて、コンピュータはすごい。
やっているといろいろ気付くことがある。絵画制作との共通点にもいろいろと示唆を得ることがある。最終的にできたものが複雑でも、その複雑さはいくつかのシンプルなものの積み重ねた結果である、なんていうのも共通点である。
曲の作り方は様々だが、ひとつの判り易い例。
まずドラムを入れる 。余程ねらわない限り、ドラムだけでオリジナリティが出たり、何かを表現しきってしまうことはない。まあ、どこかで聴いたことがあるような、どこにでもあるような凡庸なもので構わない。
ベースを重ねる。ドラムのリズムに乗りながらいろいろと試行錯誤してみる。単純なドラムとベースの組合わせの段階ではそれほど強い個性を持たせない方法もある、また慣れてくればここでベースを工夫することで曲そのものの基本的なリズム感、メロディ感をつくってしまうこともできる。しかし、単純なパターンであっても、ドラムと組み合わせたそのノリは1+1以上、つまりドラム+ベースというふたつの楽器以上のもの、作曲のこれからに向けて刺激してくれるものを感じることができる。
そうやってあと、いろいろな楽器を重ねて行く。そのひとつひとつを解説していると、キリがないので省略する。重ねていくひとつひとつの楽器のリズムやフレーズはそれほどの新奇性や複雑さをもっていなくとも、ほんの少し、わずかに工夫すればそれらが重なることによって新鮮な楽曲ができてくるのである。
大切なことはプロセスの中で積極的に頻繁に対話が起こっていること。音楽はわかりやすい、様々に楽器を変えていく中で他の楽器で奏でたことを話し相手としていろいろ話題を膨らませていくことができる。私がやってる即興で作曲するとは、つまりそういうことなのである。
その点絵画は筆で絵具を塗っているという状況がずっとつづく。どこでプロセスが切り替わったかが見極めにくい。となるとどのプロセスのどんなものと対話すれば良いのかが見極めにくい、対話がしにくい、という状況になる。
だから、積極的に自分の制作プロセスに段階的にとらえ、段階事に何をどうしているのかということを意識的に行っていかなければならない。学生に絵画を指導する上で重要なポイントだと考える。そして段階ごとにやったこと、感じ考えたことを通じて自分自身と積極的に対話をしていく。仮にひとつひとつの対話によって導きだされたことが、些細なことであったとしても、そうした対話がいくつもいくつも重ねられていくことで、結果として現れる作品は造形としても作者の想いの表現としても強いもの、新鮮なものとなっていくのである。