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愛知産業大学通信教育部 山口雅英のブログ

審査員7 わかりやすさ1

2010.02.17

作品の判断基準として、その作品がわかりやすいか、わかりにくいかということは大きなポイントである。私は、作品はわかりやすくなければならないと考えている。

「わかりやすいか、わかりにくいか」と言えば、芸術は「わかりにくい」ものの代名詞のようなものとして捉えられがちである。端から視ているとなにやら難解さを弄んでいるような、難しいほど価値があるかのような、そんな営みに見えているかもしれない。難解さにもいろいろな次元や側面があるので、ここですべてを説明しつくすことはできない。とりあえず私が審査を担当する、絵画というオーソドックスな分野の範疇の作品における「わかりやすさ」ということについて述べてみたい。

作者がどんなことに心を動かして、あるいは動かしながらその作品に臨んだのか。絵画に限った話ではない。それが表現と呼ばれるものである以上、作者の想いが受け手にしっかりと伝わるものでなければならない。それが「わかりやい」ということである。

作者に、作品に託そうとする想いがあっても、それがしっかりと表現されていなければ人には伝わらない。「話す」ということに例えるなら、うつむいて小さな声でモゴモゴしゃべっていたのでは「何を言いたいのか」というところからして人に伝えることができない、「わかりやすい」表現にはならない。しかし、ただ明瞭に話せば良いということでもない。例え言葉がしっかりと聞こえても、最初から最後まで同じような調子、俗にいう一本調子で話されては、どこに伝えたいことの中心があるのかわかりにくいもの。そこで速度の変化、声の抑揚、間合いのとり方等々、工夫することで、話し手が、何を伝えようとしているのかがわかりやすくなるようにする。更に、見る人の知性のみならず、感性まで取り込もうとするならば声色も練り上げていかなければならない。怪談においては、ただ何がどうしてどうなったかということを理解させるだけでない。「怖さ」を感じさせなければならない。講談師や落語家など、過剰なほどに表情をつけて「語る」。聞き手が「怖さ」を感じることができてはじめてその話しは「わかりやすい」ものになったと言える。さて、これを絵画表現に置き換えてみるとどうか、ここは是非、みなさんにイメージしてもらいたいところ。

この記事のカテゴリー:審査員

 
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