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愛知産業大学通信教育部 山口雅英のブログ

Q&A クロッキーとはどのような表現か 1

2010.03.03

クロッキーとは、数分から10分という短時間で対象を描写する素描。出来上がった作品の緻密さ正確さの点から言えば、長時間かけて描くデッサンに軍配が上がる。クロッキーの必要性は、意義はどんなところにあるのか。

クロッキーでもまたデッサンでもそうだが、やってることは対象を観察し描いていく、たったそれだけの単純な行為である。そこにどのような意義や必要性や目的があるのか、それは取り組む人が決めること。何の問題意識もなく漫然と取り組んでも充実した成果を得られるものではない。逆に自分は何を得ようとしてデッサン、あるいはクロッキーに臨むのか、まず自分自身を掘り下げることが肝心ではあり、その問題意識に応じて自身の取り組み方を見定めていくべきことだと思う。

とは言うものの、基本的にはそれを楽しいと思うかどうか、というところに行き着くだろう。純粋に楽しければ、目的や意義など考えることはむしろ不純である、とも言える。

私はなぜか小さい頃からクロッキーが好きで、小学校のころから野生の動物を紹介するテレビ番組(年配の方ならご存知であろうか「野生の王国」という番組である)を視ながら、そこに登場する動物をクロッキーしていた。勿論そのころはクロッキーなどという言葉は知らなかった。ただ、躍動的な動物の姿がかっこよく、それを描くことで追いかけていた、という感じである。

高等学校の時のこと。校庭で陸上部が練習をしているのを美術室の窓からぼんやりと眺めていた。なぜ、そんなことを思いついたのか思い出せないが、動いている人間を見つめ、ぱっと眼を閉じると、眼を閉じる直前の姿が何となく眼に焼き付いている。それをスケッチブックに描いていた、そんなこともあった。

その後も、だいたいいつも紙と鉛筆をもって、電車の中、喫茶店、公園などで気がむくと人をクロッキーしていた。大学の4年、ネパールに旅行した時、広場で人々の姿や顔をクロッキーしていると、ひとりのネパール人が「俺の似顔絵を描いてくれ」と言ってきた。リクエストに応え似顔絵を描いてやっていると、「俺も、俺も」とたちまち二十人くらいの列ができた、十数人くらいは描いたがさすがに疲れたので、同行の他の作家に変わってもらった。似顔絵を描いてあげた人たちはみなうれしそうで、自分の絵で人があんなに笑顔になるのを目の当たりにした初めての経験であり、とても感動した。クロッキーが好きで良かった、と心底思った(ちなみにいわゆる「似顔絵」という分野の表現とクロッキーは別もの。ここで言う「似顔絵」はクロッキーによる肖像画といったほうが適切ではある)。
ここで紹介した小学校の時も、高等学校の時もその後もいずれの時も、ただただ好きで興の趣くまま描いていた、目的意識も意義もなにもなかった。

それはそれとして、例えば学生にクロッキーについて説明するにはそれなりのこと、クロッキーにはこんな目的や意義ということについて語らなければならない。 次の投稿でそのあたりの考えをまとめてみようと思う。

この記事のカテゴリー:クロッキーとは

 
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