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愛知産業大学通信教育部 山口雅英のブログ

Q&A クロッキーとはどのような表現か 4

2010.03.09

「3.作品制作の計画のため、あるいは資料として描く」ということについて。

今は写真という道具があって、残しておきたい画像は労せずして記録しておくことができた。しかし、そんな便利なものがない時代、画家はどうやって絵のモチーフを取材したのだろうか。勿論、モデルを雇って時間をかけデッサンするという方法がある。しかしそんなことができな場合もあるだろう。例えば動物を描く場合、そう都合よく何十分もじっとしてはくれない。最近テレビで伊藤若冲の「群鶏図」というのを見た。私が小さい頃、家で鶏を飼っていた経験からも鶏がそんなにじっとしていないことは知っている。おそらくわずかな時間の中で、時に全体のカタチ、あるいは個々のパーツを速写し、そうして取材した材料を組み立てることであの緻密な鶏を描き上げていったのだろう。 レオナルド・ダ・ヴィンチが渦巻く水を描いた素描も有名であるのでみなさんも眼にしたことがあると思う、これもまた短時間で描かなければならないものである。おそらく昔の画家はみなクロッキーの達人であったことだろう。なんという画家だったか失念したが、建物の上のほうから落ちる人をスケッチしたという逸話があるそうだ。

では今は写真があるからクロッキーはいらないのか、というとそうではない。その眼でしっかりと観察し、手をつかって描きとめることでイメージは深く心に刻まれる。試しにどんな風景でもよい、巧いとか下手とかは関係なく描いてみよう。そして別の風景を写真に撮ってみよう。どちらが後々まで心に残るか、思い出すことができるか。前にも述べたが絵とは色やカタチを右から左に画面の上に移すような機械的な行為ではない。観察し、描く、そのプロセスでどれだけ心が動き、豊かなイメージが育まれるか。心を動かすには自らの身体を十全に使い、持てる能力を出し切るにしくはない。心に刻まれた様々な感慨、印象、造形にとどまらぬそうした様々な想いが作品の表現を豊かにしていくのである。

最後に「4.対外的な目的はなく、ただ自分の描きたいという欲求を満たすため描く 」ということについて。これについてはあえて詳しく述べるのはやめよう。「Q&Aクロッキーとはどのような表現か1」で述べた私の経験が物語っていると思う。絵が好きな人が絵を描くことで得る至福。

この記事のカテゴリー:クロッキーとは

 
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