
作家ヴォルフガング・ザイエール氏は、ウィーン美術アカデミーで美術を学んだ造形作家であると同時に、ウィーン国立音楽大学、モーツァルテウム音楽大学で音楽を学んだ音楽家でもある。時間表現である音楽と空間表現である造形、そのふたつの領域で表現活動する作家。変わっている、と言えば変わった経歴である。しかし、考えてみれば人間はこの世界で生きている以上、時間、空間のそのどちらにも等しく関わっているわけで、そのいずれにも等しく関心を持ち、また表現者として関わっていこうとすることは、むしろ自然で健全である。ザイエール氏の音楽についてはここで何か語れるほどには知ることはできなかったが、絵画作品から受ける印象としては、氏の関心は時間と空間のその両方、というよりも時間と空間が未だ分化されていないところ、共通の母胎とも言えるところから生まれてくるものにあるように感じられた。
作品はご覧のように造形的には極めてシンプルである。即興的に短時間で描かれたものなのかと思い聞いてみたところ、意外にも、とても長い時間がかかっている、という答えがかえってきた(ここに提示した作品で約一ヶ月、実際に描く時間は短く、ほとんどの時間は視て、構想することに費やされているとのこと)。そこに描かれたカタチは即興的に一瞬で生まれたものではなく、最初に描いたカタチが長い時間をかけてだんだんと変化、発展してそのようなカタチになったのだという。このプロセスを説明するのに氏は「エラボレーション(eraboration)」という言葉を使った。英語に疎い私が本来なら知る由もないような言葉であるが、あるテレビ番組で小説家大江健三郎氏が、何度も何度も書き直し丹念に文章を洗練させていくことを「エラボレーション」という言葉で表現していたのを思い出した。
氏は、作品をX線で撮影すれば、エラボレーションのプロセスが見える、と話してくれた。作家が制作のプロセスを極めて強く意識しているということだと思った。私の聞き間違いでなければ何度か「レイヤー」という言葉を使っていたように思う。レイヤーとは「層」のこと。作品制作のプロセスが階層構造になっているということであろう。勿論絵を描く人は通常絵具を何層も重ねながら絵を描いているが、「層を重ねる」という行為が持つ表現としての意味合いを積極的に取り入れているところに氏の表現の独自性がある。層をなしているのは絵具だけでない、むしろ積み重ねられたものは「行為」と「想い」、作品と作者の過ごした緊密な空間の凝縮と時間の流れ。それが結果として素材である絵具の層となっている、ということだと思う。
中には透けた絵具層によって下層に描かれたフォルムがうっすらと見える作品もあった。下層のフォルムと、その上に塗られた薄い絵具層の関係を人間に例えるなら、骨格や内蔵のように内側にあるものと、表面の皮膚のようなものだ、と語ってくれた。その階層構造は、そのカタチが描かれた時間的な経過であると同時に、表象相互の前後関係により二次元である絵画の表面に奥行きを作り出している。いわゆる遠近法が作り出す疑似三次元空間ではなく、絵画の表層の極めてわずかな幅の中に具体的に存在する三次元空間。
時間と空間が未分化な状態、作品は造形ではありながらまだどこかしら「物」としての重さの獲得に至らず。人工物でありながら、次の瞬間にはまた別の状態に変化してしまいそうな流動感はむしろ「現象」と呼ぶにふさわしく。そうしたある種の「ゆるさ」「軽やかさ」と、エラボレートされた緊張感の高いフォルムとの微妙なバランスが空間的なふくよかさとなり会場全体を満たしていた。
展覧会は7月25日日曜日まで
名古屋市東区葵2−3−4三光ビル1F
ギャラリー フィール アート ゼロ
http://www.life-deco.net/
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